「いい店なんてない!」。
そう言い切ったのは、食はエンターテインメントを標榜する雑誌『dancyu』前編集長の江部さん。先日、一緒にトークショーをした時のことです。
僕もですが、食を扱うメディアの仕事をしていると聞かれることが多いのが「いい店教えて?」という質問です。もちろん、いい店というのは存在します。
ただし、「その人にとって」というカッコ付きになるんですよね。
クルマでも同じことです。速いスポーツカーが好きな人もいれば、派手なスーパーカーを好む人、小さなクルマが最高! と思っている人もいて、それはもう千差万別。多様化の時代ゆえ、その細分化はますます。
話は戻って、街のおいしい店、いい店も同じく。
クルマの好み以上に、食の好みというのは、本当にいろいろ。「育ってきた環境が違うから好き嫌いは否めない」と歌ったのは山崎まさよしですが、まさに言い得て妙とはこのこと。
僕が子供の頃には、パエリアなんて聞いたことも見たことも食べたこともなかった。アボカド? なんですかそれ? という状態でしたよ。ズッキーニも、高級スーパーにはあったかもしれないけれど、近所のイズミヤにはなかった(と思う)。
逆に、給食では鯨の大和煮が、わりと日常的に出てきていた記憶があります。
「鯨、固い」というのが印象です。
そういう体験があると、「鯨は固いもん」というイメージが染みついちゃうわけですね。良くも悪くも。
はたまた逆に、イマドキのスーパーに行くと、色とりどりの野菜があって、パセリも普通ちりちりのに加えて、イタリアンパセリなんて洒落たもんまであったりしますよね。
そんな環境で育ったイマドキの子供と、昭和生まれの僕の味覚が同じか? と言われると、とてもとても「同じである」とは断言できませぬ。
だって、経験値が違いますもの。
食とは知性、と言ったのは誰だか忘れましたが、確かにその部分はとても大きいと思います。
ほら「長﨑は五島列島産のウニです。ミョウバンに漬けてないので、フレッシュでクスリ臭くないでしょ?」とか言われて出されると、なんだか旨いぞこれは、と思ってしまうでしょう? いや、思うはず。
そこで、「いや、このウニはイマイチだ」と、判断できるのは相当な食通でないと無理です。というか、もはやウニ博士ですよね。
そういうウンチクや、盛り付けも含めて味わうのが、店の味というものじゃないかと思うのですよ。
つまり、味だけで「いい店」になるわけではなくて、しつらえやスタッフのサービスもろもろを含めて、第六感で感じるもの。
でも、その好みはいろいろ。育ってきた環境が違うから。
だから、万人受けする「いい店」というのは、ほぼないと言ってもいいかもですね。
なぁんてことを言うと、「じゃあ、なんだよ。どうしたらいいんだよ?」という気持ちもわかります。
答えは、カンタン。
自分の好きな店が「いい店」なんです。きっと。
じゃあ、自分の好きな店ってなんだよ? というご質問があろうかと思いますが、それは探して見つけるものなんです。ちょっと、メンドクサイかもしれませんが。
クルマも、いろいろ試してカスタムして、自分好みに仕上げるものじゃないでしょうか?
「いい店」をカスタムして作るわけではないですが、いろいろな店に行ってみて、「ああこの感じが好きだな」というのを見つけるものじゃないかと思います。
人生、短いようで長い。
そして、世界には数多のお店があります。
じっくりゆっくり「いい店」に出会うのもいいじゃないかと思います。
もちろん、その途中に「よくなかった店」に出会うこともあろうかと。でもそれは、自分にとって好きじゃなかっただけかもしれない(まぁ、絶対的に酷い店というのは存在するような気がしますが)。
カンタンに断罪するより、経験値のひとつとしてレベルが上がったと思うのが幸せなんじゃないかなー、とノンビリ思ったりします。
ただ、「いい店」と出会うコツみたいなものはあるので、そのへんの話はまた次回!