エスカンの総大将・鹿田さんより、
「なんか謎の店増えたよなー、謎の店について書いてや」と、発注を受けたので、書きます。
でも、「謎の店」って何でしょう?
「やたら予約がとれない店とか多いやん?」と、鹿田御大はおっしゃいますが、それは第3回の「予約困難店とドタキャンと」とで書きましたよ。と、牽制しつつも「謎の店」は増えた気がします。変な場所にあるのに超混んでいるとか、営業時間が極端に長い。あるいは、極端に短い、とか。でも、そういう店があるのは、ここ最近の話ではないと思います。
これまた第3回に書いたことと重複するのですが、食べログとかSNSが出たことで、一部の人しか知らなかったことが、つまびらかにされるようになったのが、その理由ですよね。
少し話が変わるのですが、いわゆる都市部と郊外では食べログの利用価値みたいなものが、まるで違うという実感はあります。集合知なので、ある一定地域の中にそれなりの店舗数があること。そして、その店に訪問して投稿する人の数がそれなりにないと、点数化は成立しない。つまり、ひとりのレビュアーしか投稿してない場合だと、その点数の信憑性は限りなく怪しい。もちろん、そのひとりがすごい食通で絶対的な味覚を持っているかもしれないですけれど。実際、観光地でもなく過疎化が進んでいるような場所だと、誰も投稿していない店がほとんど。そうなると、まるでその店のことは分からないですよね。行ってみないと。
かつての情報を供給する主軸である、雑誌やガイドブックがどうだったかというと、全店舗を網羅しているわけではなくて、やはり人気のエリア、人気のメニューを紹介しているワケで。編集の網から漏れた、ド・ローカルな店は、そういう異端の店を紹介する特集でもないかぎりは、表に出てこずに知る人ぞ知るまま続いていたと思います。
でも今は、誰かが行ってWEBの海に、その店のことを投げ入れたら、何かをきっかけに吸い上げられることがおこります。意図して消さない限り、情報が消えないというのがWEBの面白さであり、怖さであると思います。リベンジポルノなのは、その怖さの最たる例かと。なんかへんな話になってしまいましたが、謎な店というのは今までもずっとあったけれど、SNSの成長と共に人の目に触れる機会が増えて、インフルエンサー的な声の大きい人が取り上げると、一気に拡散するという図式ではなかろうかと。
特に面白い考察じゃなくてすいません、という感じですが。
ただ、謎な店というのは、謎な店であろうと思って謎な店としているわけではなくて、いろんな偶然が組み合わさって謎な店になっていると思います。だから、謎な店を作ろうと思っても、それは謎な店風の店という。(謎、が多い悪文ですね)
謎の店には、なんらかの店主の初期衝動を追求した挙げ句、結果的に謎な店になっているという。
この初期衝動が、今すごく大事だなと個人的には思っているのですが、これはまた別の機会に。
ものすごく強引にまとめますが、謎な店というのはなくて、謎な店にしたい人がいる、というだけな気がします。禅問答みたいですね。でも、世の中ってそういうもんでしょう!?
※ちなみに写真は、超人気の京都のスパニッシュのものです。謎な店ではありません。