ここ数日、私はいささか忙しい。
そんな毎日において、やはり眠る前の数十分だけは、至極のリラックスタイムとなる。
寝袋にくるまりながら、引っ越したばかりの見慣れない天井をぼんやりと眺め、まだ見ぬ至極の一品を夢想する。
どうしたら美味しい魯肉飯を作ることが出来るのだろうか?
そんなことを考えながら、私は懇々と眠りの世界に落ちていく。
シルクロードと魯肉飯
最近一緒に仕事をしているナラ君という人は、「流しのビリヤニ師」として、休みの日に様々なイベントでビリヤニを提供している。そんなナラ君に自分の魯肉飯を食べてもらい「中央アジア」的視点からの意見を伺う。
また、先日、行きつけの酒場に行けば、自主カレー作家のヨコ君がスリランカカレーを提供していたので、私は機を逃さず、彼にも魯肉飯の話を聞いてもらう。
彼から得るのは「南アジア」からの視点だ。
さて、お気付きの方もいらっしゃるかとは思うが、私がここのところ試みているのは「シルクロード」からのアプローチなのである。
ビリヤニ、カレー、魯肉飯。
これらは全てシルクロードで発生した料理だ。
寝袋の中で描くシルクロードの道筋。
その終着点に位置する国・台湾。
ナラ君とヨコ君、二人に共通しているのは、私には無い、スパイスに対する豊かな知見と期待である。シルクロードとスパイス。やはり、これは切っても切れない関係のようだ。スパイスは風に乗って海を渡り、島国・台湾にも伝播していることは事実だし、台湾に広まる所謂「漢方」のことを「スパイス」として捉えるのも、面白いかもしれない。
さらにヨコ君から知らされる「アチャール」というインドの漬物の存在。そしてナラ君の口から発せられる「バスマティライス」という何やら聞き慣れぬ言葉。ビリヤニ作りに使う米の品種だという。
白状すれば、私は、これまで魯肉飯の「魯肉」のことばかりに気を取られていて「飯」や付け合わせに対する気遣いが一切欠けていた。よくよく考えてみれば、魯肉飯を構成するのは魯肉だけではない。魯肉飯を分解してみれば、魯肉、米、漬物という三大要素で成り立っていることがわかる。
彼らの米や付け合わせにまで徹底してこだわる姿勢を前にして、私は意識の低い自分自身を呪った。
〈台湾現地の魯肉飯。タクアンや高菜の漬物が付けてあることが多い〉
実のところ、台湾の食堂で魯肉飯だけを注文する台湾人はいない。台湾人は魯肉飯と一緒にスープや青菜炒めを必ず注文するのだ。つまり、台湾の民にとって魯肉飯とは、日本でいうところの「小ライス」に位置するものといえる。
魯肉飯にあう米とは
さて、魯肉飯にあう米とはいったいなんであろうか。私の魯肉飯は、調理の工程で意図して少し肉を焦げつかせてみたり、深めに揚げたガーリックとエシャロットを使ってみたりすることで苦味を出している。その苦味が豚の脂の甘い匂いを引き立てるのだ。しかし、そこにコシヒカリなどに代表される甘さが強く味の濃い米を合わせてしまうと、若干のしつこさが残る。いつもであればありがたいコシヒカリの粘度も魯肉に対してはいささかトゥーマッチとなるのだ。
そこで、ササニシキの玄米である。ササニシキは程よく歯ごたえがあり、甘すぎず、玄米に至っては完全無農薬。程よいパラつき加減も魯肉飯に持ってこいといえる。
さらにこれを炊き上げたあと、十分に冷ましてから、冷凍庫に放って寝かせておく。冷凍し、さらに解凍することで、ササニシキの水分量を極限まで減らすことが出来る。
どうしてこの工程が必要なのか、説明しよう。
上に書いた通り、台湾における魯肉飯の立ち位置は日本の「小ライス」に近い。副菜と共に食べることが前提であるため、飯の量に対して魯肉の量が少なく配分されているのだ。が、丼物文化の強い日本では、上に何かを乗っけたご飯と、おかずを一緒に食べることを、基本的にはしないだろう(紅生姜ぐらい?)。日本で提供される魯肉飯も、例外ではない。副おかずの力を借りることなく、牛丼や天丼のように丼一つだけでお客を満足させなければならないため、現地のモノよりも多くの具を入れ、汁っ気も多めにする必要がある。米の水分量を出来る限り減らしたいという意図はここにある。
次回、漬け物編 最高の付け合わせを見つけます